三門(三間重層門)  
名古屋市指定文化財(昭和六十年指定)
慶安四年(1651)創建当時の建築物で、総檜造り三間重層門の建築様式で、本瓦葺きである。三門とは、空門・無相門・無願門の三解脱門の意味を持つ。佛教の覚りの境地を表すものである。別名山門とも表記する。この場合は徳興山という山号に因んだ名称で、徳興山の門という意味となる。二階には、釈迦牟尼仏を中心として十六羅漢の像が祀られている。普段は公開していない。
 
   
  本堂  建中寺の根本道場  
名古屋市指定文化財(平成十一年指定)
天明七年(1787)大火の後に再建されたもので、入母屋造り本瓦葺きで、格調高く古式を保っている。間口十五間(27m)奥行十四間(25.2m)建坪二一〇坪(700u)の巨大な木造建築で、現在名古屋市内の木造建築物としては最大のものである。
 本尊阿弥陀如来は、開山廓呑上人が結城弘経寺から招来された、止利仏師作と伝えられる中品中生の印を結ばれた大変貴重な仏像で、その円満な相好は拝する者に対して清らかな信心を起こさせるものである。大火の時はいち早く持ち出して無事であった。
     
   
  書院(客殿)  
  昭和三十九年(1965)当山34代徳誉上人が再建したものである。名工大竹利左衛門の設計による壮麗なものである。  
 
   
  明王殿(不動堂)  
  昭和四十四年(1969)の再建で、本尊不動明王は、江戸時代から尾張徳川家戦勝祈願の秘仏として伝えられてきた大変貴重なものである。普段前立て本尊が正面に安置してあるが、その奥に秘仏が安置されている。秘仏は非公開である。厄除け、開運、家内安全、交通安全、病即消滅、商売繁盛など霊験があらたかで、地域の信仰を集めている。毎月二十八日には縁日のご祈祷、五月と十一月の縁日には護摩焚きが行われる。また南側の部屋には不動堂を再建した当山三十五世愍瑞上人の木像が安置されている。  
   
  不動堂内部  

 

   
  鐘楼  
  名古屋市指定文化財(昭和六十年指定)
天明七年(1787)の再建で、入母屋造り本瓦葺き、台形の袴腰つきの建築様式、五百貫の(1,923s)の梵鐘がつるされている。梵鐘には林道春(羅山)の銘が刻まれていたため、戦時中の供出を免れ現在まで伝えられている。毎年暮れには除夜の鐘をつき一年間の罪障消滅と来る年の息災を祈る人で賑わう。
 
 
   
  開山堂  
  名古屋市指定文化財(平成十二年指定)
棟札によると、火災消失の後天明六年(1786)に再建された。大工は斎谷小一郎藤原長虎(さいやこいちろうふじわらながとら)とされている。寄せ棟造り桟瓦(さんがわら)葺き総欅造りで、建中寺の伽藍建築を理解する上で貴重な遺構である。本尊阿弥陀如来を中心として建中寺の開山上人中興上人の木像を安置し、代々の住職の位牌が祀られている。
 
     
   
  経 蔵  
  名古屋市指定文化財(平成十一年指定)
一重もこし付、宝形造り本瓦葺き。内部に精密な八画輪藏を安置する。棟札によると文政十一年(1828)創建。經藏建立の発願は第二十四世金蓮社申譽上人白阿瑞華弁靈大和尚で、その志を継いで第二十五世辨純上人、第二十六世辨成上人の三代を経て完成した。平成十六年(2004)に第三十五世賢瑞上人により名古屋市の文化財補助と貴重な一般寄付者からの浄財をもって平成の大修理が完成した。内部の八画輪藏内には鉄眼禅師開版の黄檗版大蔵経五千八百巻が納められ、実際に輪藏を回転させることができる。当輪藏は、軸部・組物様態など唐様を基本として、虹梁・蟇股・長押に和様の要素を取り入れている。全体に彩色はないが、良質の欅材を主材として木鼻・蟇股などに精緻な細工・彫刻を施している。特に側回り八面の蟇股に彫刻されている意匠は、縁起の良い福徳を将来するとされる独特の「宝ずくし文」である。すなわち@東面 七宝に丁子 A北東面 金嚢 B北面 宝鑰に宝珠 C北西面 軍配団扇に宝巻 D西面 宝船に分銅 E南西面 隠れ傘に丁子 F南面 隠れ蓑 G南東面 打出の小槌に俵 以上八面の蟇股には独特な彫刻意匠が施されている。輪藏を回すことにより、福徳が招来されることを願っての彫刻であるとも考えられる。輪藏の回りには、釈迦牟尼仏を中心として、その教えである大蔵経をもってそれぞれの宗旨を立てたという意味から日本に伝わる十三宗の祖師像を安置している。これらの像は昭和八年に岡田天孝仏師のよって刻まれたものである。
 

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